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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

梅湯

菅 千波

 

 やさしい断食、閑を楽しむ、なんと魅力的なフレーズだろうか。時短と効率、成果と改善のスローガンをまとって、走りながら考える日々を送ってきた。そうだ、立ち止まろう。動画ではなく、静止画にして、心と身体の声に耳を澄ませてみよう。時の流れと無常を素直に受け入れてみよう。
 そこは、湖に面した由緒あるお寺だった。湖面に反射する繊細な光が木々の緑に織り込まれ、風が奏でるやすらぎの歌が禅堂まで聞こえてくる。目覚まし時計に代わって朝陽が一日の始まりを伝え、スーツではなく作務衣が所作を助けてくれる。期限に囚われることはない。
 お経を読み、座禅をして、肩こりではなく足の痺れにしばし戸惑いながら、朝のお勤めを終えて、般若心経が飾られた広いお堂に移動する。にわか修行者の私たちに、ご住職から梅湯が配膳される。白湯に梅干しと蜂蜜が入った滋養のある飲み物だ。
 梅湯は、その昔、禅寺を訪れた客人に、長い道中を労って振る舞われたという。昔の情景を思い浮かべてみる。たどり着いたお寺での蜂蜜の風味は、有難く、さぞかし、癒しのもてなしであったことだろう。
 黒いお茶椀が暖かく、優しさとなって両手を通じて伝わってくる。梅干しの酸味に蜂蜜の深い甘みが溶け合って、空っぽの胃袋にゆったりと流れ込んでいく。働きバチが托鉢僧のように小さな身体で飛び回り、山野に咲く花々から恵みを受けて、こうして今、私たちがいただいている。蜂蜜の香りは、花々の命を咲かせた大地と水、太陽の物語を描き出してくれる。この世界で生かされていることへの感謝が沸き上がる。
 いつの間にか、1週間が過ぎ、私は娑婆に戻ることになった。帰路、蜂蜜を買った。アカシアの黄色が金色に輝いて、今を照らしてくれる。明日からは、一杯の梅湯が自分と向き合う静かな時となるに違いない。

 

(完)

 

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